Crispr Cas9によるゲノム編集およびそれによる倫理的な問題点について

 

2018年11月28日に中国・南方科技大学の賀建奎准教授は、世界で初めてゲノムを編集した赤ちゃんを作り出したと主張し、世界に衝撃を与えた。また賀建奎准教授は香港の国際会議に出席し、自分の研究の正当性を主張した。

 

香港大学で開かれたヒトゲノム編集国際会議で発言した賀准教授は、HIVエイズウイルス)に感染しないよう遺伝情報を書き換えた双子の女の子が産まれたと主張して以降、初めて公の場に現れ、自分の研究成果を「誇りに思う」と述べた。賀准教授が主張するような遺伝子編集は、中国を含めてほとんどの国で禁止されていて、その後、多くの研究者は賀准教授の主張を非難している。 (BBC news Japan, 2018)

 

2018年11月28日に、中国南方科技大学の賀建奎准教授がゲノム編集された赤ちゃんの誕生を発表した。これが世界に衝撃を与えた。これについて調べた。

 

このニュースで採用されたゲノム編集の技術がCrispr-Cas9である。この技術は2020年のノーベル化学賞を受賞した。ゲノム編集技術、特にCrispr Cas9について調べた。

 

 

遺伝子組み換え技術

 

遺伝子組み換えについて、色々な研究がされてきたが、最初に現れたのはポール・バークらがプラスミドを用いた技術である。プラスミドとは、「原核生物の細胞内にある自律的に複製できる小さな環状のDNAで、ウイルスDNAなどとともに、切り出した有用遺伝子を細胞内に導入するベクターとしてよく利用される」と (鈴木孝仁, 2019, p. 90)では書かれている。一般的に知られているプラスミドの応用例として挙げられるのはインシュリンの人工合成である。その手順は概ね4つある。一つ目プラスミドを制限酵素で一部切り出す。二つ目はPCR法によって増殖された人のインシュリンを作るDNA断片をプラスミドに組み込む。三つ目はリガーゼを用いて、その両者をつなぐ。そして最後にプラスミドを大腸菌に入れて増殖させる。(図1)


この技術に対して、バークのチームは逆の発想を持っていた:調べたいDNA断片を図1で示されたような流れでプラスミドに組み込み、そのDNA断片が与える影響を観察し、特定の遺伝子の役割を調べることができる。

図1

しかしこの方法にはある大きな欠点が存在する:DNAを切り取る役割を担当する制限酵素によって切り取られるDNA断片の場所はランダムである。よって医療などの分野での応用が難しいである。

 

その後、Crispr Cas9が誕生する前に特定したDNA断片を組み替える技術はすでに開発されたが、どれも非常に高価で難しかった。これらの技術について簡単に触れる。

応用できる遺伝子組み換えは「探す」「切断する」「つなぐ」といった3つのステップにまとめられる。先ほど述べたが、バークらの場合は、制限酵素によるDNAの切断がランダムであるため、切断したい所を正確に切断するには切り取られるDNA断片を見つけなければならない。

その問題を解決したのは「ZFN」と「AEN」と呼ばれる技術だった。ZFNとAENの場合では、FoKIという酵素である。そして、切断したいDNA断片を特定するのは、ZFNとAENがどちらも特定したい配列にリードできて、人工合成したタンパク質である。一方、Crispr Cas9を用いた場合、特定のDNAの場所まで導いてくれるのはガイドRNAである。RNAの人工合成はタンパク質より圧倒的に簡単なので、Crispr Cas9を採用した遺伝子組み換え方法は従来のものと比べて安価でできる。

 

 

Crispr Cas9とは

 

 


Crisprという言葉は、「クラスター化され、規則的に間隔があいた短い回文構造の繰り返し(Clustered Regularly Interspaced Palindromic Repeats)」の略称であり、すなわち規則的に繰り返されるDNA断片の意味である。このCrisprと名付けられた繰り返されるDNA断片を発見したのは今九州大学教授を務める石野良純である。2007年に乳酸菌のStreptococcus thermophilus 上のCrisprのスペーサー(リピートされるDNAによって挟まれる断片)にファージの配列を人工的に挿入すると、その株がファージ感染に抵抗性を示すようになった。さらに、ファージの配列を取り除くと抵抗性が失った。これによって、Crisprが原核生物の獲得免疫システムとして知られるようになった。 (石野良純, 2016) 研究が進み、Crisprの配列の近くにセットとなっている配置が存在することが分かった。この配置によって作られたタンパク質がハサミの機能を持つ。Crisprとセットとなっているので「Crispr Associated」と名付けられて、略称「Cas」と呼ばれるようになった。異なるCrisprにはそれぞれ対応するCasの配列があり、「Cas9」がその中の一つである。

図2

その後、Crisprの近くにリードする役割をするtracrRNAを発見したことでCrisprの構造を明らかにした。Crispr Cas9による細菌の免疫機構は2本のRNAと1つのタンパク質によってできている:図2で示したようにDNAを切断するCas9タンパク質、切断する断片を特定するcrRNA、それを手伝い、crRNAと一部だけ結合するtracrRNAである。

 

Crispr Cas9ゲノム編集ツール

図3

古細菌の免疫システムであるCrispr Cas9をもとにして開発された標的ゲノム編集は図3で示されたように、2つの要素から構成されている。Cas9タンパク質とguideRNAである。Cas9タンパク質は化膿レンサ球菌(化膿性連鎖球菌)由来の細菌性Cas9ヌクレアーゼタンパク質であり、そしてguidRNAは前文で述べたcrRNAとtracrRNAを一つにして、人工的に合成したものである。

 

Crispr Cas9を用いたゲノム編集のメカニズムについて簡単に説明する。guideRNAの5'末端側の最後の20塩基はホーミング装置として働き、PAMの直前に位置するDNAの部位にRNA―DNA塩基対を形成する。Cas9/guideRNAの複合体がこれを介にしてDNAの2本鎖を切断する。切断されたDNAは2種類の方法によって修復することができる。

 

(1)非相同性末端結合(NHEJ)修復経路

図4

NHEJは適切な修復用鋳型が存在しない場合に切断されたDNAを無理やり連結させようとする方法である。この過程では切断部位に挿入欠損(InDel)変異が高い確率で発生する。その結果、フレームシフトや未成熟終止コドンを誘発し表的遺伝子が永久的に読み取れなくなり、タンパク質が作れなくなる。 (山本, 坂本, & 佐久間, 2014, p. 75)(図4)

(2)相同組み換え型修復(HDR

図5

HDRはDNAに特異的塩基を導入することができる。図5で示されたように、切断された部位にデザインされた修復用鋳型鎖を入れることで、NHEJより変異が少なく修復することができる。

 

ゲノム編集の問題点

 

前文で述べた中国南方大学の賀准教授によってゲノム編集された二子に使われた修復方法は非相同性末端結合修復で、意図的にDNAの切断された部位を変異させ、CCR5遺伝子を永久的に無効化した。CCR5遺伝子はHIVが細胞を感染する際の受容体タンパク質である。これを無効にすることで感染できなくなる。これが遺伝子の「knock out」と呼ばれる

 

先ほど述べていたように、Crispr Cas9を用いたゲノム編集は安価で簡単な操作でできるが、切断したい部位以外のところを誤って切断する可能性がある(オフターゲット)。また、受精卵を対象にノックアウトしようとすると編集された受精卵が分裂するとき、モザイク胚(編集された遺伝子を持つ細胞とオフターゲットした細胞が混合した胚である)を形成する可能性がある。よって、この技術を人間に使うのは倫理的にも法律的にも各国政府に許されないのである。

二、遺伝子技術の応用について

 

遺伝子に対して、私たち人間は何百年も研究し続けたが、2003年に漸く「ヒトゲノム計画」で人間の全DNAを解析できたのである。そして、ゲノム編集が前世紀70年代から研究され、生物のDNAを自由自在に編集できるようになった。初期のゲノム編集技術は高価で、操作が非常に難しいため、限られた環境でしかできなかった。しかし、2020年にノーベル化学賞を受賞した「Crispr Cas9」でその状況が一転した。前文でも述べたが、人工的にRNAを合成するのがタンパク質より簡単である。よって、専門知識のある研究者ならだれでもできるようになった。そして、ゲノム編集が誕生してからずっと議論されてきた倫理問題と社会問題も2018の賀建奎准教授の事件でさらに注目を集めた。

 

前文で述べたが、Crispr Cas9を用いてゲノム編集した受精卵によって発生した胚がモザイク胚になるリスクが一定にあり、母体の子宮に入れる前に一回選別したとしてもその後の分裂によってオフターゲットの細胞が現れないという保証がない。また

「生物の複雑さはタンパク質の種類の多さに依存しますが、ある1つの生物種が持つ遺伝子の数は限られています。したがって、より高度な生命活動を営むためには、機能の異なる複数のタンパク質を1つの遺伝子から生み出す仕組みが必要となります。」 (九州大学九州工業大学JST;, 2017)

が説明したように、生物に一つの遺伝子から機能の異なる複数のタンパク質を生み出す能力があるので、その遺伝子をノックアウトしてしまうと、誕生した胎児が予想外の遺伝病にかかるかもしれない。具体例を挙げると前文で述べたHIV感染の受容体のCCR5遺伝子をノックアウトすると、西ナイルウイルスなどの感染症にかかるリスクが生じてしまうのである。 (青野由利, p. 154)

よって、このような人の健康と関係ある「医療行為」は通常患者本人の同意が必要となるが、受精卵のゲノム編集の場合は中絶の倫理問題と一種の相同性がある:赤ちゃんは意識を持たないためそれに同意することができない。

 

映画「GATTACA」では、ゲノム編集が自由自在にでき、そして人々に認められた世界が描かれている。ゲノム編集による社会問題が明らかに示されている:ゲノム編集によって生じた「人種」差別である。映画では、ゲノム編集を受けていない主人公が遺伝病にかかり、宇宙飛行士になる夢を持っていたが、発射センターの資格テストを受けるチャンスもなく、清掃員として働くしかなかった。このような差別が生まれるのは、映画での世界においてすごく当然のことである。そもそも生物はどうやって分類されているのかを考えてみるとわかるが、異なる種が、それぞれの形態を持つ。そして、それらの形態の違いを表面として表している本質の違いが遺伝子の違いである。よって、ゲノム編集を受け、ゲノム編集が一般の人間と違い、そして形態も遺伝子によって変えられた「ヒト」は私たちと同じ人間であるか。映画の世界の人々は「NO」を選んだのである。

 

科学技術の進歩が全体の人間にとってはいいことかもしれないが、個人にとって必ずしもそうではない。「cyberpunk」という概念では、技術によってほとんどの一般人の生活は科学の発達によって改善されず、むしろ悪化したのだ。ゲノム編集によって、人間が「旧人」と「新人」に分けられ、そして、時間がたって、生殖隔離さえできてしまったといろんなサイバーパンクの作品で描かれている。このような未来を避けるためには、私たち一般人もゲノム編集に関心を持ち、それを規制する法律や条例を考えなければならないと私が思う。

参照文献

BBC news Japan. (2018, 11 29). 中国政府、「世界初のゲノム編集赤ちゃん」研究の中止を命令. Retrieved from BBC news Japan: https://www.bbc.com/japanese/46381383

コスモ・バイオ株式会社. (n.d.). CRISPR-Cas9 基本の「き」. Retrieved from コスモ・バイオ株式会社: https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/crispr-cas9-introduction-apb.asp?entry_id=15520#01

九州大学九州工業大学JST;. (2017, 11 10). Retrieved from https://www.jst.go.jp/pr/announce/20171110/index.html

山本, 卓., 坂本, 尚., & 佐久間, 哲. (2014). 部位特異的ヌクレアーゼを基盤とするゲノム編集技術. ウイルス 第64巻 第1号.

青野由利. (n.d.). ゲノム編集の光と闇. ちくま新書.

石野良純. (2016). CRISPR/Cas ~その発見から

ゲノム編集技術への応用まで~. 生物工学会誌 第94巻.

鈴木孝仁. (2019). フォトサイエンス 生物図録 三訂版. 数研出版.